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崇神天皇は、いつ頃の天皇か   前回の続き  P78

私はもう少し、時代が遡るのではないかと考えています。西暦200年頃の天皇であると。
崇神天皇の御世に疫病が大流行して、国民の半分が死んだと言う記述が古事記と日本書紀に書かれています。
古事記の原文は「この天皇の御世に、疫病起こりて、人民死にて尽きむとしき」の短い文章です。古事記は漢字ばかりで書かれていますから、元の漢字の文章は、「此天皇之御世疫病多起人民死為尽」のわずか15文字です。これだけの情報ですが、天皇にとっては大変なことであったことが、この後の記述から想像できます。
人民が死に尽きるほどですから、毒物や細菌では起こりえません。やはり、スペイン風邪のようなものであったと考えるしかありません。
日本の記録はこれだけですが、189年に漢の元号が三回も変わっています。反逆・革命が起きても三回も変わることはないでしょう。188年から189年にかけてインフルエンザのような伝染病が発生して、日本に伝染したことになります。
こんな時代に中国と交流がないというのが、現在の日本の歴史学界の常識ですが、私は頻繁に交流があったと思っています。中国人とユダヤ人が、紀元前200年頃から日本に来ており、この頃にはな火国人が瀬戸内海全域を占領していたのではないかとかんがえています。そのときの本拠地は吉備ではなかったかと考えます。
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