スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第六話 正史だった古事記

悪書「日本書紀」(2)

 卑弥呼が自殺を、たまわった年は、魏志倭人伝から248年があきらかにされている。実際には景初二年十二月に、難升米が伊都国軍司令官として帰着した時に、卑弥呼を殺して、替玉にしていた筈である。
 取敢えず卑弥呼と云うことで話を進めたい。崇神天皇までが実在で認められるならば、崇神天皇が亡くなられた年は258年である。
 従って卑弥呼が死んだのも、台代が20人を魏の都に、遣わしたのも崇神天皇の御世である。
 古事記では崇神天皇の御世の、クガノミミの御笠を殺したと書かれている。
人名が古事記で明示される以上、丹波の国を征伐したのではなくて、丹波に居った、特定の個人クガノミミの御笠を殺したのである。
 魏の使者政等が引揚げた中に、軍司令官難升米の名前が見当たらないから、難升米の日本名はクガノミミの御笠だったことになる。
 日本書紀はなぜこれだけ重大な事件が古事記に載せてあるのを知りながら、黙殺したかを読者は考えて見て欲しい。



田村誠一著 第六話 正史だった古事記 17ページ
発行日 昭和56年6月10日
スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

keika

Author:keika
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
♪ 来訪者数 ♪
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。