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第六話 正史だった古事記

 古事記(3)

 ニギハヤヒの命は、折角の大和を、神武勢に取られた。面白くないことは当然である。
本拠地丹波に帰って次の攻略方法を考えた。
 107年に生口を160人も、後漢の皇帝に献じたとある。この様な重大事件がなぜ、魏志倭人伝に書いてないかを、読者は疑問を持つべきだ。
 魏志倭人伝を書いた陳寿は、107年の朝貢を知って、朝見する者ありとだけ記した。しかし自国の謀略だから詳細は書けなかった。 
 生口とは捕りよである。奴れいとは全く別である。神武天皇にニギハヤヒは寝返りした。褒められた人間ではない。捕りよとは、ナガスネヒコの一族で、もともと自分の部下である。この人達を捕りよにした。
 この日本人捕りよを160人も漢の皇帝に献上した。何を頼んだかは、瀬戸内海に高地性集落が発生したことから判断される。
 カツラギ王朝の軍隊の根拠地、久米国を攻撃するために、ゲリラの派遣を頼んだのである。高地性集落のない所が侵入地域である。
 ここが倭人伝の投馬国である。


田村誠一著 第六話 正史だった古事記 22ページ
発行日 昭和56年6月10日

私から一言----ここに書かれてあることは、凄い発想だなと云う思いと、少し、待てよとの思いが交錯する所です。
①107年に生口を160人も、後漢の皇帝に献じたとある。 この部分は、わずかな文章ですが、日本の資料にはありません。
中国のような大きな国が、日本書紀のような国のことは、どうでも良かったと思うのですが、日本人が朝見にやってきたという自慢話だけではないような気がします。
② 高地性集落は、本当に沢山発掘されています。厖大な時間とお金が費やされたのに、どうして、全国的規模で、発生したのか。それも二度にわたって造られたのか。歴史家ではっきりと説明した人はありません。
摂河泉地域の集落 http://homepage1.nifty.com/o-mino/page301.html
はじめは、全国に一杯あると云うことは知りませんでしたから、先ずは大阪から、と調べましたら、34ヶ所ありました。これを全部いきますと、遺跡から眺めるだけで勝家っと思いましたが、体力が無くなり、低い山ですが登ることができなくなりました。 こで、方針を変えて、ついでに上るという方針に変えました。
 しかし、この方法は、駄目なことが分かりました。私が生きている間に、全部調べることが不可能であることが分かりました。
ところが、田村氏は、多い所を調べないで、無い所は、何だと。「高地性集落のない所が侵入地域である」
しかも、①の107年に生口を160人も、後漢の皇帝に献じた と、3つめは、倭人伝の投馬国と結びつけられました。

「カツラギ王朝の軍隊の根拠地、久米国を攻撃するために」の意味はお分かりですか。
歴史家は、カツラギ王朝と云う言葉お好きなようです。これを使いますと、歴史がすっきりするからです。あったとしても、本当に力は弱かったのだと思っています。カツラギ王朝を守るべき軍隊の姿が見えないからです。

ゆっくり、検証しながら、楽しんでください。
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