スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

六話 正史だった古事記

 古事記(18)

弥生文化とは稲作の文化である。焼畑農業では生産性が低かったので、人口の増加は貧窮化である。
 この縄文時代に稲作が、天照大神によって導入された。先住民の焼畑の人々が、先祖伝来の土地を離れて、稲作の出来る所に移動たのではない。新しい移民によって、弥生文化が築かれたのであった。
 移民の多い程、余剰の食糧が生じて、物々交換の原資となった。これが農耕用鉄器の普及に役立つた。鋤は鍛造して軽く作られたので、スサノオの命が占領した、大呂の製鋼所
が貢献した。
 これらのことについては、別冊で述べておいた。弥生文化が、急速に発展したのは、天照大神が「葦原の中ツ国」を治めよと、素晴らしいアイデアを出したお陰である。
 集団で計画移民を受け入れる程、益々裕福になれた時代である。金印をもらうだけの理由もあったし、金印がなくても、移民は続々とやって来たのである。むしろ我先に、ライスラッシュが日本で発生したと考えたい。

田村誠一著 第六話 正史だった古事記 37ページ
発行日 昭和56年6月10日(1981)
スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

keika

Author:keika
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
♪ 来訪者数 ♪
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。