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六話 正史だった古事記

古事記(22)

 日本書紀には年代の記録方法がたかったのに年代がかかれているから「インチキ」ではないか。年代を決める手段はなかったのだ。
 日本書紀を編集した人達は、日本書紀の事象毎に年代を入れることによって、一般の人が日本書紀を権威あるものと、考えることを企図したのではないか。
 本居宣長も一般の学者も、マンマとこの謀略に、ひっかかったと考えたい。
 古事記には、いい加減な年代がないことがむしろ真実性を感じさせてくれる。古事記に初めて年代が記されたのは、崇神天皇の亡くなった年で、「戌寅」の年で、258年に相当する。この年を基準に中国と交渉のあった年代を推定して見たい。

 簡単に年代を列記すれば、
 57年 国譲りと天孫降臨直後
 107年 神武東征直後
 190年 第七代孝霊天皇 吉備 二ヶ国の和睦
 248年 第十代崇神天皇 クガノミミの御笠を殺す。卑弥呼死す。
 

田村誠一著 第六話 正史だった古事記 41ページ
発行日 昭和56年6月10日(1981)


大橋 蛍火からの一言---次の二つは、少し、違うように思うのですが・・・。
57年 国譲りと天孫降臨直後
 107年 神武東征直後
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