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六話 正史だった古事記

「今使訳通じる所、三十国」

 郡使が往来していた国は、倭人伝で、伊都国だった。「訳通ずる」とは内情の分かった国で、対馬、壱岐を除いた国は、実は全て、240年には崇神天皇が治めていた。
 「郡より倭に至るには云々」
 「郡より女王国に至るまで、万二千余里」
 当時は郡とは帯方郡で、魏国の朝鮮総督が、倭国も管轄地域だった。但し伊都国だけが占領されていた。
従って万二千余里は、朝鮮の里の単位で960キロにあたる。
 「会稽・東冶の東に在るべし」
 中国と日本の地図を眺めることだ。九州で一番高い、三角形の海抜1935米もある、宮浦岳がある屋久島に該当する。ここにも宮のつく地名があった。
 別冊で述べたが、三角形の高山は灯台の役目だった。大山、開聞岳、宮浦岳は目標にして、何十万人かの計画移民を導入したのだ。
 中国から朝鮮経由位長距離で、しかも難コースは地図を見れば明らかなのに、万人が朝鮮経由を信じたことこそ謎ではないか。古代中国人は安全かつ容易なルートを知っていた。

田村誠一著 第六話 正史だった古事記 43ページ
発行日 昭和56年6月10日(1981)



大橋 蛍火よりの一言----このページは、日本の歴史家が間違っていたことを、こんな一ページの文章で、どこが間違っていたかを指摘されたのです。

「対馬、壱岐を除いた国は、実は全て、240年には崇神天皇が治めていた」と云う事実は、韓国の人が、気付き、最近、ここは、朝鮮人が支配していたようなことを云っています。勿論、竹島は、朝鮮のものですと発言しています。日本海も朝鮮のものなのに、日本海と名前を付けたのはけしからんと云って、現在は、韓国の子供たちに、自分たちがつけた名前を教えています。
 竹島は韓国のものです。済みませんでしたと、先日、小沢民主党幹事長は、韓国の大学で、講演して謝罪してきました。
こんな島は、朝鮮人にとって、なにも役に立たなかった島の筈です。中国人も朝鮮人も生の魚は、食べなかったのです。
朝鮮人の上を行ったのが、現在の中国です。彼らは、この時代には、朝鮮も対馬、壱岐も支配していたのです。
 だから、先日、韓国も北朝鮮も中国の領土だと宣言しました。本気で考えている筈です。
少し、脱線しました。
田村氏は、歴史を解くには、地図と地名であることを述べておられます。
大山、開聞岳を見られたことはおありですか、私は見ましたが、どんなに遠くても、見えます。
「三角形の高山は灯台の役目だった」は、此処だけではありません。全国に一杯在ります。自分が見付けた二等辺三角形の山に地図上で印をつけてください。その山を結びますと、古代の人が、通った道が再現出来ます。その道にそって、高地性集落が在る筈です。
私のつまらない「私から、一言」の方が、長くなりました。
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