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六話 正史だった古事記

「南の方邪馬台国に至る。女王の都する所にして、水行十日・陸行一月・七万戸ばかり」

 七万戸とは、三十万人以上の国である。縄文期の日本の総人口が、百万とも云われていたのに、なぜ三十万人以上の国があったかを倭人伝を読まれる人は反省して見ることだ。
 この三十万人以上の国が240年に存在していたのである。
この三十万人以上の食糧が自給自足出来た所は「米のなる木」のあった岡山県以外にある筈はなかった。
 九州の一画にこんな国があったとすれば、なぜ他の地域には、こんな人の集った国が発生しなかったかの理由もなければならない。
邪馬台国はなぜ今まで、九州にあったと信じられて来たのだろうか。不思議でならないのである。
松江国から出雲街道を津山まで、歩いてくれば一月かかる。もちろん古代の出雲街道は後世のとは多少異ったルートだった。
 この途中では800メートル以上の高い山を何回か越える必要があったのである。


田村誠一著 第六話 正史だった古事記 53ページ
発行日 昭和56年6月10日(1981)


 
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