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六話 正史だった古事記

又特になんじに紺地の句文錦三匹・細班華・五張・白絹五十匹・金八両・五尺刀二口・銅鏡百枚・真珠・鉛丹各おの五十斤・を賜い、皆装封して、難升米・牛利に伏し、還り至りて録受せしめん。ことごとく以て、なんじをいとをしむを知らしけべく、故に鄭重になんじに好を賜うなり

 難升米と牛利に宣撫物資を与えた上での、魏の皇帝の詔書の内容である。この前文で、難升米は倭国派遣軍の軍司令官に任命されている。
 この宣撫物資の銅鏡の行方が古来問題になっている。銅鏡は一亘は鬼ヶ城に収められた。
 このあと、すぐ戦争になって、8年後に、伊都国は潰滅した。銅鏡は従って配布する、いとまもなしに崇神天皇の軍隊に没収された。
 この時に日本の文化は最高潮で、正倉院の御物の中にも没収されたものが含まれていると考えたいのである。
 このあとちゅうごくとの国交は断絶し、文化は180年間は後退を余儀なくされた。正倉院に収められた文物は現在も燦然と輝いている。


田村誠一著 第六話 正史だった古事記 61ージ
発行日 昭和56年6月10日(1981)

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